井山 敬介

井山 敬介
【PROFILE】
Keisuke Iyama
1978年生まれ、北海道出身。

2014年・第51回全日本スキー技術選手権大会 優勝!

幼少の頃から地元・富良野の雪に戯れて育つ。アルペンレーサーとして実績を残し、高校時代にはナショナルチームに所属。ワールドカップにも出場を果たす。2000年から技術選に参戦。毎年着実に順位を上げ、05年にトップ10入りを果たしたあと、07年に初優勝、08年には総合2連覇を達成。13年の第50回大会では総合7位を獲得している。さまざまなフィールドのスキーヤーと交流を持ちながら、子供から大人まで、枠にとらわれないスキーの魅力を伝えている。全日本ナショナルデモンストレーター4期、ばんけいスキー学校所属

井山敬介 公式 BLOG

エスケーワン

先日、息子が所属する少年野球チームのコーチからメールが届いた。


「今週の土曜日・早朝、朝野球チームの練習試合を札幌ドームでするからコウリュウ(※息子)と一緒に観戦しに来ない?うちの息子も連れて行くし、球場の空いているスペースでキャッチボールとかもできるからさ!」。


札幌ドームで野球?かなり魅力的なお話である。スケジュールを確認すると、その日はban.K(さっぽろばんけいスキー場)でのスクールレッスンがあって札幌にいる! 僕は「かなり魅力的なお話ですね!もちろん行きます!」と返信した。札幌ドームのフィールドに降りていけるなんて!と子供みたいに喜んでいた僕は、早く土曜日にならないかな~と自分が試合に出るわけでもないのに興奮していた。


そして前日の金曜日にまたコーチからメールが届いた。
「チームのひとりが体調を崩して明日来られなくなってしまった。井山サン、助っ人で試合に出てくれないかな?」。


マジかよ!大丈夫かな?と思ったけれど「僕で良かったらぜひ!」と返信してみた。「本当に助かる! ケガしない程度に楽しんでね!」と返信がきた。僕はすぐ息子に「明日お父さん、試合に出るから」と伝えると、息子は「マジで!? ヤバいね!」と驚いていた。まさか、札幌ドームでプレーできる日が来るとは……。


集合は朝4時30分。3時に息子と一緒に起きて、妻におにぎりをにぎってもらい、まだ真っ暗ななか家を出た。ふたりでわくわくしていた。車の中で息子は「札幌ドームで野球ってヤバイよね!?」を連発していた。球場に到着すると、さっきよりもわくわく感が増し、子供のようになっている自分を抑えるのに必死だったけれど、抑えることはできなかった。他のみんなからもわくわくしている感じが伝わってきて、本当に楽しそうに入口が開くのを待っていた。入口が開き、球場の中へ入ると、人工芝の緑がとても眩しく感じた。いつも観客席から眺めていたフィールドに立っているのが何だか不思議だった。みんなでスマートフォンやデシカメを片手に写真を撮りまくっていた。もちろん僕も撮りまくった。マウンドに立って投げる真似をしてみたり、キャッチャーの真似をしてみたり、試合前からかなり盛り上がった。


僕は8番・ライトで先発出場。後攻で試合が始まった。僕以外はみんな高校野球を経験している人ばかりで、みんなうまかった。すげぇなと思いつつドキドキわくわくしながらライトの守備を楽しんでいた。記念すべき札幌ドームでの第1打席がまわってきた。打席に入ると何とも言えないうれしさというか、少年に戻ったというか、胸の奥が熱くなるというか、緊張感というか、とても心地のよいものが胸から喉にかけて上がってきた。こんな感情はいつぶりだろう。とても懐かしかった。ゆっくりと打席に入った。いよいよ来るぞ、初球はなんだろうか? ピッチャーが投球モーションに入る。僕は構えを少し低くする。ピッチャーが投げる。するとボールが僕のほうに向かって来たのだ。避けるがみごとにお尻に命中。なんと初球デッドボール! 記念すべき札幌ドーム第1打席はデッドボールという結果だった。ベンチは爆笑、僕も思わず笑ってしまった。なんとも草野球らしい。第2打席はセンター前ヒット! 第3打席はレフトフライに終わった。


最終回の守備には、コーチの息子と僕の息子のコウリュウも守備につかせてもらっていた。子供たちにとって貴重な時間になったと思う。早朝からの試合も午前7時には終了し、残りの30分間は少年のような大人たちが、子供たちにノックを行なった。息子は帰りの車の中で「札幌ドームでノックってヤバイよね!?」を連発していた。「みんなに『うまいね!』って言ってもらえたんだよ!」と、とてもうれしそうに話していた。こんなすばらしい機会を作ってくれたコーチに感謝の気持ちでいっぱいになった。僕自身もいつぶりだろうか、スキー以外でこんな楽しいを通り越したような感情でスポーツをすることができたのは。


息子と家に戻り、僕はすぐにban.Kに向かった。楽しいを通り越したあとのスキーは格別だった。あらためてスポーツのすごさを感じたのと同時に、世界に誇れる雪国『札幌』のすばらしさを体験できた僕はとても幸せ者だ。少年のような大人の皆さんと一緒に野球ができたことは、僕にとってとても貴重な時間になった。


スキーでもこうした楽しいを通り越すような感情を追求していきたい。


スポーツの可能性は無限大だ!






● 記事提供=月刊スキージャーナル

井山敬介「神様がくれた雪山に感謝!」vol.37 スポーツの冬!
SKI journal 2014年4月号掲載
スキーヤーのためのスキー総合情報サイト 「スキーチャンネル」

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